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もしも、いかりや長介がいなかったら...

一度復活したので少し油断してました。

いかりや長介死去
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/20040320235822.html

人生には本当の両親以外にも「お父さん」「お母さん」がいるものです。ある時期、狂ったほど夢中になり、価値観などの部分で大きな影響を与えた要素はみんなその人の「お父さん」「お母さん」です。ボクにとっては、「男はつらいよ」「ジャッキーチェン」「マカロニほうれん荘」「ガンダム」「あしたのジョー」「ルパン三世」......いや、「ドラえもん」なんかだって否定できないくらい見てましたね。そういう中で、間違いなく「8時だよ全員集合」もお父さんの1人です。もし全員集合がやっていなかったら、それを見ないで育った子供ということですから、きっと微妙に今とは違う自分だったに違いありません。

ちょこっとコーコク

ドリフというのは言うまでもなくコミックバンドのような形態を母体にしていて、それぞれ一応担当の楽器というのがあります。いかりや長介はベース。近年いつだったかCMで久々に披露してましたよね。格好よかった。それから有名な話ですが、本名「碇矢長一」→「いかりや長介」にしたのは、先輩格のクレイジーキャッツのリーダー、ハナ肇です。(他メンバーも)

いかりや長介のコントへ対する姿勢は非常に厳しいものがあるようで、ネタを練り込み練り込み、そしてひたすら練習練習という感じだったようで、他のメンバーはうんざりだったとか。しかしおかげで、時を経ても形になっているコントとして残っているわけです。
お笑い業の大きい分類の中で「ボケ」と「つっこみ」というのがありますよね。「ボケ」というのは、一般的におもしろがられる対象になりやすく、成功すれば人気者になれます。「つっこみ」は常識の目線を維持していなければ仕事にならないので、うるさいだけで生々しく、崇められるようなポジションにはなりづらいものがあります。あくまで笑いのトリガーでしかなく、そのつっこみがおもしろいという目線は、ボケに対するそれよりも後回しです。しかし、ボケの天才は1000人に1人は出ますが、つっこみの天才は10000人に1人くらいのものです。いかりや長介もつっこみの天才ではありませんでした。しかし、年齢と声、顔で「迫力」を作り出し、「つっこみ」という難役の一つの在り方を見せてくれたような気がします。「いたずらをして近所の怖いおじさんを怒られる」という構図のお手本というわけですね。このスタイルはつっこみ業の秀才だったいかりや長介だったからイヤミがないのです。
もし、いかりや長介がいなかったら、加藤茶も志村けんもあそこまでおもしろくはなかったはずですし、ドリフ自体がここまでの成功を収めなかったでしょう。文字通りリーダー。

ドリフ解散後は、元コント屋という色をあまり引きずらずに役者になりました。うまいことハゲていったせいで風貌的にも変わったこともあるでしょうが、やはりきっと役者を志す段階から凄く勉強したんじゃないかと思います。性格的に。結果、完全に「必要な人」になりました。これから本格的に老人役が多くなり、もっともっといい味を出す段階でした。何度思い直しても残念ですね。

ちょうど同日、ボクの友達に子供が産まれたという知らせがありました。こうやって、いかりや長介を知らない世代が始まるのかぁと思ったりしました。

合掌。

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