東京マラソン2008 完走の感想

2008年2月17日。朝は5時に起きました。
そしてまず近所を軽く散歩。
戻ったら、お餅、味噌汁、バナナを食べました。
緊張してます。
それから軽く湯船につかり、身体温め、ストレッチを繰り返しつつ、少しずつ本番のウェアを身にまとっていきます。
問題の右膝には「かんたんテーピング」というのを巻きました。
もちろん、正しいテーピングは随分と助けになることは知っていたのですが、何しろアテもなかったので、とりあえず自分で簡単にできるやつで我慢です。

いよいよホークスのユニホームを着用し、ゼッケンを付けました。
気持ちが高まっているので、もはや右膝は玉砕覚悟モードです。

当日の装備としては、
「携帯電話」「iPod nano」「Cyber-shot T9」「アミノバイタル スポーツキューブというビスケットみたいの3個ほど」「アミノバイタルのゼリー」「ぶとう糖入りチョコレート3粒ほど」のみです。
携帯にモバイルSuicaが入っていたので、小銭も持ちませんでした。
実はギリギリまでiPod nanoはどうしようか迷ったのですが、ペースがわかるといいかなとか、持っていけば腕時計はいらないかなとか、着ていくウェアの袖にnano専用のポケットがあったとか、練習に近い感じの方がやりやすいかなとか、いろいろ考えて持っていきました。
別案として、携帯の音楽再生機能を使い、同時にそのヘッドセットで外部と電話で話そうとも思ったのですが、電池が不安だったのと、走りながの「独り言」状態は不気味なのではないかなと思い、携帯は単に所持するだけにしました。余談ですが、ボクの使っている携帯(912SH)は重かったです。

そうして家を出発する時間となるわけですが、
「トイレが混む」という噂は聞いていたので、家を出る前にできる限り絞り出していきました。

山の手線に乗ると、思っていたよりも全然「それらしい人」はいません。
ジャージ姿で、デカいビニール袋を所持しているのが若干恥ずかしくなるくらい、普通の休日の朝の電車です。
「実際あんまり見かけないもんかなぁ」なんて思いつつ新宿に着いたのですが、西口に降り立ってビックリ。
物凄い人波です。
逆に「それらしい人」だらけ。
何も看板表示をアテにしなくたって人々の行く方向に流れていけば、スタート地点に行けそうです。

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その人波は、西口の公園の前あたりでピークとなります。その先に設けられたゲートより向こうは、ゼッケンを持った人、つまりは参加ランナーで溢れ返るような光景でした。

自分が預けるべきトラックの番号は、ゼッケン配布の時点でわかっていますので、そこへ向かいます。
そしてトラックの前あたりで上下に重ね着していたものを脱ぎ、いよいよ走る格好になります。

次にいよいよスタートのブロックへ行くのですが、
ここらで猛烈にトイレに行きたくなります。
いや、前述したように自分でも気をつけて「絞り出して」きていたはずなのですが、寒さからか緊張からか、再びトイレに行きたくなってしったのです。
スタートブロック位置への整列締切の時間まで余裕があったので、行列は覚悟でトイレに行っておくことにしました。

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トイレは予想どおりの大行列。
15分くらい待ったでしょうか。
ようやく便器の前に立った時には、ホント自分でも不思議なくらい大量の小水が湧き出てきました。
とりあえずスッキリ。

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そしてブロックへ移動します。
ここらで改めて把握するのですが、ボクのスタート位置の「Jブロック」というのは、本当に最後尾ブロックで、その場所へ行くのにもかなりの移動を強いられるのです。
人ごみで何がなんだかわからないくらいなのですが、とにかく果てしなく後ろです。
タレントや日テレアナウンサーのほとんどは「Dブロック」なので、影も形も見えないような場所です。

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このスタートブロックに振り分けについて、後になって思ったことがあります。
ボクはこの東京マラソンの申込みの際、自己申告タイムという欄に「6時間10分」と記入しました。
東京マラソンりのリミットは7時間なので、それ以内である程度謙虚な数字として「6時間10分」としたのです。なにせ初マラソンなのですから目安も何もありません。
その「6時間10分」というあたりがブロックで分けたところの「Jブロック」になったんじゃないかなと思うのです。
で、タレント等はカメラ位置などの都合で「Dブロック」に集められていたのでしょう。(たぶん松村邦洋はJブロックのさらに後方)
なので、走る前は「誰々が走るらしいよ」とか友達によく言われたのですが、結果的にはほとんど遭遇することはありませんでした。(ガレッジセールの川ちゃんは10km地点前くらいでパスしたのは覚えてますが)

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さて、そのスタートの時ですが、これがまた結構待たされます。
9時10分スタートと聞いていたのですが、その号砲もほとんどわかりません。
あとで思えば、一度だけ前方で「ワ〜」とか「イェ〜イ」っといった歓声のようなものが起こったことがあったので、たぶんそれがスタートの合図だったのでしょう。
しかしJブロックは、そこからもしばらくは徒歩でタラタラと歩いてます。
ホントにゆっくりと進んでいくうち、ちょうど曲がり角を曲がったくらいから段々と早歩き〜ジョギングみたいな感じになってきます。
その頃からスタートラインのところの賑やかさも伝わってきます。DJみたいのが何かしゃべってました。

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石原都知事の姿を横目にスタートラインを越えたのは、20分過ぎたくらいだったでしょうか。
ラインを越えるタイミングでiPodもスタートさせました。

ここでまず、ワイフとワイフの友達が沿道に居るということで、電話で連絡とりながら位置確認しました。
そして新宿アイランド(LOVEのモニュメントのとこ)の前あたりで見事二人と接見。
なんか爆笑されました。

そして、歌舞伎町を横目に新宿通りをひたすら飯田橋の方へ向かいます。
周辺は物凄く人が走っているのですが、沿道にも物凄い数の人がいて、なんかドエライ状態であることを再認識させられます。

高揚感+下り坂からオーバーペースに注意というのが頭にあったので、なるべく調子に乗らずセーブして走ります。
落ち着いて風景など見ると、当たり前ですが「道路のど真ん中走るのつてスゴイ」と思います。
なんか楽しいです。
それと、普段は結構負担だったりする「歩道の段差」みたいのがなく、面一で舗装されているわけですから、非常に走りやすいのです。

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そして5kmの地点で、はじめて「給水所」が現れます。
テレビで見るアレです。無論ボクもはじめてですから、なんか緊張します。
かなり人が群がっていて、歩くほどのスピードに落ちながら一杯ゲット。

給水もして、なんとなくそのくらいから心身ともにリズム良くなってきたなぁという感じだったのですが、
8km過ぎたくらいのあたりで、ふいにピキッと、右膝痛の予兆が現れてしまいました。
ん〜、ヤバイ。

10kmの日比谷公園のところでは、10kmランナーのゴール地点ということで結構な賑わいをみせています。
出店なんかも出ている様子で楽しそう。
この10km過ぎで、今度はなんだかまた尿意に見舞われます。
アミノバリュー飲みすぎたか。

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ここらからさらに少し進んだ頃、職場の知人が一眼レフを構えつつ声をかけてくれました。
ボクの「ランナーズアップデート」+「ホークスユニホーム」を頼りに捜索したようです。
「結構わかるもんだなぁ」なんて思いつつ、勇姿を写真に収めてもらいました。
(この後、品川近辺、浅草橋近辺など数度に渡り出現していましたが、こちらはコースを走っているだけですが、観る側は電車乗り継ぎを駆使しない思うように移動できないので、たいへんだった思います)

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右膝の痛みは少しずつ大きくなっていきます。
品川の折り返しを過ぎ、芝公園のあたりでは、またまた別の知人夫婦と一瞬だけの再会を果たして元気をもらい、なんとかペースを維持し続けたのですが、いよいよ日比谷公園に戻ってきて銀座に突入する頃は膝がギーギーいってる感じがしてきます。
しかし、銀座の沿道の応援は強烈で、痛いだ疲れただ言えないような状況になります。
さらに根性。

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で、その銀座から日本橋くらいの賑々しさを過ぎると、なんとなく緊張感もなくなり、右膝の痛みと尿意が気になって仕方なくなります。
ただ、沿道にも何ヶ所もトイレはありますし、セブンイレブンのトイレは使っていいことになっているのですが、どこを見ても行列ができてしまっていたので、なんとなくやり過ごしていました。なるべくロスはしたくありません。
走りつつ、「もうどうにもならないくらい右膝が痛くなったら、休み兼ねてトイレ行例に並ぼう」と決心を固めます。

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そんな調子での浅草でしたから、すっかり余裕ない状態でのランニングです。
ただ、ふと沿道の人たちの放つ空気の違いは感じとれました。やっぱり浅草方面はベタな表現ながらも「人情」のムードがあります。なんならウチに寄っていきなよって勢いです。品川とかの方ももちろん親切なのですが、ずっと都会的な感じがしました。
浅草の心残りは、噂に聞いていた「人形焼き」は確認できなかったこと。

微妙に右足を引きずる感じとなってしまった30km地点、もう色々と堪らなくなってしまい、トイレに行くことにしました。
もちろんトイレは行例ですが、その待っている間に屈伸ができます。
待っている間も前後の人たちの話したりしていたのですが、皆さん口を揃えて「ゴールできるかわからない」という感じでした。救護所には人の横たわる姿が確認できます。

そして再び出発。
しかし、やはり一度足を止めてしまうと、次にまたリズムを取り戻すまでに相当なスロットル開度が必要です。
両足とももちろん疲労がたまってくる頃なのですが、右足は地面に着く度にズキーンとした痛みを放つようになっていて。ちょっと走ると、また少し屈伸でもしないと辛くて辛くて仕方ない感じです。

そんな感じの頃、不意に名前を呼ぶ声がします。
勘違いかなぁと思いつつ、沿道に目をやると、いつか東京ドームの観客席で城島のホームランを手に入れたTさんが手を振っていました。
そして、あのホームランゲットで入手した「黒い馬のTシャツ」を着用してるではありませんか。
これはウケました。
ある日からそう着る機会がなかったはずの馬T、すばらしい着こなしです。(参照)

そんな一件がなんか少し気晴らしとなり、もう少しまた走り続けることができました。
そして次第にまた銀座の賑わいに包まれます。
足は激痛と呼べる段階まで進行してるのですが、通りの両脇に物凄い数の人たちが誰彼問わず「がんばれ〜」と声をかけてくれるのです。
風景含めて、ちょっと特殊な空間です。
ランナー側の一番の絶景ポイントかもしれません。

気分とは裏腹に、身体はヘロヘロです。
傍から見ると、たぶんもう「びっこ」と呼ばれる姿でしょう。
差別用語か何か知りませんが、とにかくそれが一番適した表現です。
そうやって、築地の交差点を曲がる頃、今度はワイフが登場しました。
なんかわかんないけど叫んでる姿だけは確認とれました。
それにしても、この大人数の中よく見つけられるなぁって感じもあります。

そして新富町を抜け、佃大橋のところへ。
このあたり、距離にして35km過ぎくらいとなり、橋のアップダウンももちろんのこと、沿道の人の数も少し減るので、一番ツラくなっているところと言えます。
ボクなどはもう完全に徒歩の割合が大きくなってきてしまいました。
よく、「35kmからが本当の戦い」だとか言われる意味がわかったような気がします。
それまでは右膝の痛みに耐えるだけが戦いだったのですが、35km過ぎたくらいから両足全体的に重くなってきてしまい、なかなか思ったように前へ進めません。

豊洲のららぽーとあたりの頃は本気で辛くて、鼻水をすすることすらてきなくなってきます。
そして、なにしろガクッとくるのは、装着していたiPodの計測距離のズレ。
途中から少しずつズレが大きくなり、最終的に3kmほど違ってアナウンスされるのです。
「目的地まであと3kmです」なんて聞きながら、「あと6km」の看板を見る感じでした。
最後なんて「お疲れさまでした。目標距離に到達しました」なんて言われてるのにゴールなんて全然まだ遠いって状態ですからホントに参りました。

自己最長の距離を更新しながら進んでいるのですから、辛くて当たり前ですが、
練習で30km走った経験からしても、ここまで42.195kmが長く感じると思いませんでした。
何とかゴールに辿り着きたいという思いだけです。
タイムも何もわかりません。

ゴール付近になってくると、またしても沿道の人の数は多くなります。
また少し元気になりつつあったのですが、
何しろ力になったのは、沿道の見知らぬ少年に
「ソフトバンクがんばれ〜」と叫ばれたこと。
いや、実は何度か「ソフトバンク!!」とか「ホークスがんばれ」とか声援もらい、その都度ありがたかったのですが、衰弱の極みの頃の少年の声には蘇らせてもらいました。

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観客席の横を最後の全力疾走で駆け抜けると、そこにゴールがあります。
やっと完走。いや「走」とばかりは言えないか。
とにかく果てしない距離でした。
ようやく本当の意味で止まることができて、しばし動けません。
時計をみると、5時間50何分だかのあたりです。
『ゲー!!、こんなにかかったの!?』というのが第一印象でした。
その時点でiPodってズレるというのは判明してましたが、それでも、練習で30kmを3時間8分だったんですから、42.195kmは4時間台くらいはなんとかなるんじゃないかと思い込んでいました。
現実は厳しい。
膝痛から逃げ過ぎましたかね。

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ゴールを超えると、靴に付けられたセンサーの回収と引換に完走のメダルが貰えます。
ボランティアの人たちが「おめでとうございます」と首にかけてくれるのです。
ボクは、ちょい可愛めの女の子の前で並んでいたわけですが、脇から高校生くらいの青年が「こちらでもどうぞ」とばかりに誘導されてしまい、その青年からメダルを授与されました。
疲労が増した瞬間です。

そうやってボクの東京マラソンチャレンジは終了しました。
後日、テレビ放送をビデオチェックして、全く自分の姿が確認できなかったのはもちろん残念でしたが、タイムの部分で、タレント勢なんかと比較しても、相当に自分は遅かったというのが無念でなりません。
しかしま、何はもあれ、「フルマラソンをやり遂げた」ということは揺るがないので、とりあえずは満足しています。

後になって「ああしておけば、こうしておけば」は、たくさんありますが、
今は、フルマラソンなんて二度と御免というのが率直な感想であります。
ハーフくらいまではスポーツとして楽しいような感じなんですけどね。
しかし、東京マラソンというお祭りには、応援する側ということにおいてもちょっと独特な中毒性があるような気がします。石原都知事のいう「東京が1つになる」っていのは若干照れ臭いムードなのですが、少なくとも東京に住んでいて、この渦を味わわないのは損だと言ってしまえるくらいのスケールは感じました。

来年は少し春寄りになって、2009年3月22日(日)だそうです。

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激闘の後日談

初フルマラソンがもたらす肉体への影響は凄まじいものでした。 まずインパクトがあったのは、ゴール直後。 えんやっと靴を脱いでみると、靴下の指先に穴が空いていたのです。 無論、そんなに古いものは使ってませんし、爪だってレースに備えて切っています。 それから、右足5本の指のうち3本、左足は4本に「水膨れ」ができてしました。 帰り道用のサンダルを持参していたのは大成功でした。

足は全体的にもちろん痛いのですが、右膝に関してはかなりシビアな痛みを残しました。
うまいこと曲げられないので、階段の上り下りが最高に辛いのです。
翌日、どうしても休むわけいかなかったので、地下鉄に乗ったのですが、とにかく階段だけと使えなくて、エレベーターを探しまくりました。あんなりエレベーターが有難く思ったことはありません。

全体の痛みは2、3日で大体OKでしたが、右膝から痛みが抜けるのには10日くらいかかりました。
その後、試しに5kmくらい走ってみたことがあるのですが、3kmから鋭い痛みになったので、すぐ止めました。じっくり治さないとダメみたいです。

記録証

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戦闘曲

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東京水

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応援団

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2008年3月号(2008年3月18日 公開)
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