君は「関内陵苑」のCMを知ってるか

このところ何度が見かけていて、ちょっと不思議なCMだなぁと思っていたのですが、ついに捕獲しました。
「ぶらり途中下車の旅」の時に流れていました。

「関内陵苑」という堂内陵墓のCMです。
建物の中にお墓がある施設ですね。

何はともあれ、見てください。

今のご時世、こういった施設自体にはとやかく言うつもりはありません。
ボク自身だって選択肢の1つになるかもしれないわけですし。
気になるのは施設の在り方ではなく、
これもしかして「しゃべるのか!?」って点です。

おばさん、施設に入りカードキーのようなものをかざす。

すりガラスの自動扉が開くとお墓登場。

おばさん「おとうさん!!」

すると、墓から「また来てくれたのかぁ」

おばさん「駅から近いからよ」

お墓「そぉなのかぁ」

おばさん「相変わらず鈍い人ねぇ」

お墓「・・・・」

で、ナレーションで「関内駅5分なんたら・・・」と説明が続きます。

なんなんでしょう。このシステム。
もしかして、死んだ人の声をサンプリングして、会話ができるようになっているのでしょうか。
き、気持ち悪い。

大急ぎで、「関内陵苑」のWEBサイトをチェックしてみました。

関内陵苑
http://www.ryobo.com/dounai/kannai.html

ところが、内容をチェックしてみても、「故人の声が出る」みたいな機能は見当たりません。
つまりこのCMで流れる墓参りの光景は、あくまでイメージであるのだとわかります。
ちょっと残念ですが、まぁ実際そんなもんですよね。

しかし、だとすると、
今度はそのドラマ部が噛み砕きにくいものがあります。

故人のイメージボイスで「また来てくれたのかぁ」と、喜びの発言があるのに対して、
未亡人のおばさんは「駅から近いからよ」と答えるのです。
まるで、「駅さえ近くなかったら、あんたの墓参りなんぞ、そう度々来やしませんよ」とでも言っているかのようです。
さらには、ややショボンと「そうなのか」と答える故人に、
今度はおばさん「相変わらず鈍い人ね」と、若干意味不明な言葉を投げ掛けるのです。

単に駅が近いから何かのついでに寄っただけなのに、それを理解できずにぬか喜びしてしまう故人は「鈍い人」だと言うわけです。

なんかヒドくないですか。

結局このドラマ、どこらへんにフォーカスを当てていたのでしょう。
このおばさんが故人に対してあそこまで冷たいことを言う必要ってどれほどあるのでしょうか。
言われても仕方のないような「おとうさん」だったのか。
「・・・・」のリアクションも、どこかミステリアスです。

なんだか、この一家のストーリーの方が気になってなりません。
何かあるに違いない。

6月24日 追記

知人から、このオバサンは「照れ隠し」によって、「駅が近いからよ」と答えているだけで、上述のようにオバサンを悪者扱いしているボクの見解は間違いであるという指摘を受けたのですが、ちょっとボクの説明が足りなかったみたいです。
反射的に感じたことをくどくど説明するほどアホらしいことはないのですが、一応フォローしておきます。

このCMドラマで、
オバサンが照れ隠しのつもりで「駅が近いからよ」と言ったのは、わかります。
上っぺラではそれに違いないのです。
しかし、このCMの演出は見る側がそうまっしぐらに感じさせるような作りではないところに味わいがあるので扱ったのです。

あのお父さんの声が、死んだお父さん当人の今現在の意思が言葉となっているという設定に乗っかっていうと、
まず、このお父さんはすでに死んでいるので、「自分が今どこに居るのかすらわかっていない」の可能性を考慮しなくてはなりません。
もし、地理的に「駅が近い」という情報をすでに得ていたとしても、それは墓参り客側の感覚での「駅が近い」を伝え聞いただけで、あくまで「あの人は駅が近いと感じている」という情報を知ったというだけです。
つまり、本当のところ駅が近いのか遠いのかは自覚できないまま、オバサンの「駅が近いからよ」を聞かなくてはなりません。

だからこそ、お父さんが「そうなのか」と、違った意味として答えるかもなと考える余地があるのです。
「そうなのか、やっぱりここは駅が近いのか」です。

お父さんは「駅が近い」ことを真に受けてしまう状態にあるにも関わらず、オバサンは一方的に「鈍い人ねぇ」へ邁進してしまうのです。
お父さんは駅が近いから来た(遠かったら来るとは限らない)ということをその言葉のまま受け取り、
最後の「・・・・」へ繋がるのです。
返す言葉なし。
きっと傷ついてますよ。

オバサンは、お墓参りに頻繁に来てしまう愛情を隠す為として「駅が近い」と言ったつもりかもしれませんが、お父さんは駅が近いのかどうかわかっていないという状態なので、その「駅が近い」が「照れ隠し」としては機能していないのです。

この場合、お父さんを察してあげないオバサンの方が、むしろ鈍い人あると言ってもいいかもしれません。
この演出だと。

といったわけで、
ボクとしてみると、これが「照れ隠し」でそう言っているだけであるとは到底承服できない作品なのです。
第一、そっちのつもりで観賞しなければオモシロは見あたらなくなってしまうではありませんか。


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2008年6月号(2008年6月11日 公開)
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