去る5月2日、サッカー日本代表はホンジュラスと試合をしていました。
その裏では新日本プロレスは「闘魂記念日」と称した東京ドーム大会をやっていたのです。そんなの興味ない人も多いかと思いますが、ボクはこないだようやく録画していたビデオを見ました。
ずっと前から言ってるようにボクは最近のプロレスは特別好きではありません。ただ、格闘技の話をするような仲間うちではそれなりにプロレスのイベントの話題も出てきます。それで一応ビデオ録ったのです。
で、実はこの大会を見る前、友達から「流血の魔術 最後の演技〜すべてのプロレスはショーである」という本を借りて読んでいました。これを書いたのはミスター高橋という知る人ぞ知る有名レフリーです。その中で、随分と立ち入った部分からプロレスというものの「やらせ」について暴露してありました。かつて自分が所属していた一時期に限ってという前置きこそありますが、はっきりと「ほとんどの試合には勝敗が決まっている」という事実が述べられています。もちろんこの手の話はずっと昔からあり、見る側だって想像しながら見てるのです。が、あまりにも具体的にかつての名勝負の数々をバッサリやっているので、そーかやっぱりなぁくらいでは処理できないくらいの生々しさを感じました。(流血試合ですら最初から仕組まれていて、レフリーがカミソリでカットしたりするのは普通のことらしいのです)
そういう認識をもって改めてこないだのドーム大会を見てみました。 この大会から蝶野が現場監督となって、いわゆる「仕切る」という態勢ができたことをアピールしています。これ、普通に見てて「仕切る」とか言われても、その大変さとかってわからないですよね。でも当人や新日本全体にしてみると凄く大変な話なようです。 その本によると、マッチメーク、勝敗、見せ場、フィニッシュははじめから決まっていて、それを決めるのは当時はそのミスター高橋だったりしたようなのですが、そういう役回りをこれからは(おそらく)蝶野がやるという意味なのでしょう。だから今大会はやたらと芝居がかったセレモニーが多かったのです。
そこでもうひとつ霧が晴れることがありました。 例の長州力の退団です。あの長州が今更新日をやめるとは信じられなかったのですが、猪木会長がそれまである程度強い立場だったはずの長州から蝶野へと政権交代を言い渡したことなんかは無関係ではないのではないでしょうか。そして長州から嫌われていて新日を追い出された橋本が、長州去り蝶野時代の幕開けとともに新日に参戦したり。 まぁまぁあの中でいろんなドラマがあるわけです。
ボクは前から思っているのですが、プロレスって極めて安心した境地で見られる戦争の歴史みたいなものですよね。誰と誰がもめたとか、誰と誰が対決して、誰と誰が共闘して、そして離れて、また対決して。 それはそれでおもしろいのですが、近年はリアルファイトはK-1やPRIDEという認識が高まっているなかで、普通のプロレスが格闘技めいた雰囲気を放とうとするのはもう無理があります。ミスター高橋も書いてましたが、アメリカのプロレスのように、これはショーなんだとハッキリさせてしまった方がずっとファンも楽しみやすいのではないですかね。ショープロレスが好きでなかったらPRIDEでもUFCでも見ればいいのですから。