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無駄話米林式進化論

2002年11月19日

脱糞にふけりながら、ふと考えてしまったことを書きます。

どうして、マンガとか映画とか、そんなところで出てくる宇宙人ってみんな同じような外見なんでしょう。ほとんど類型的に表現されてますよね。頭が大きくて、手足が細くて、黒目だけの大きな目で、髪の毛なくて、体温低かったり・・・。これはやっぱり目撃証言を総合して、あんなふうな宇宙人像に辿り着いたんでしょうけど、それってある程度、その目撃談を信じていなければ成立しない話ですよね。ボク自身は宇宙人の存在は結構信じてるクチで、生きているうちにUFOが堂々と着陸してくる光景を夢見ているのですが、ことさら目撃談に関しては懐疑的です。やっぱり「宇宙人見た」とかウソ言って、儲けようとする人はたくさんいるでしょ。
で、だからこそ思うのは、あの宇宙人像は人間の想像の産物で、人間の未来の形を想像していった延長にあるのではないかと。

確かにアウストラロピテクスだとか、ピテカンなんたらとかは今の人類のカタチの元ですよね。そう習いました。体型やら体毛だって現代人と比べたら随分違います。でも、彼らは自分たちが「現代人」のカタチになる為の「過程」だとは思っていなかったはずです。すでに自分たちの姿は完成していると疑ってなかったでしょう。(そんな思考能力すらないとかは抜きね) それと同じように今のボクら現代人は、将来的に宇宙人的風貌になる「過程」だとは思ってませんよね。でも生物学的に見れば、きっとボクらの一生なんて、人類の緩やかな進化の途中に過ぎないのではないでしょうか。(こういうのはもっと勉強している先人に聞けばもっとよい話が聞けそうですが・・・)

例えば、自分の世代と自分の親の世代ではかなりの部分で生活が違います。食生活なんかだけに目を向けても相当な変化ありますよね。添加されている悪しき要素は年々排除されてますから、危険なものはどんどん減っています。でも今頃安心な食べ物出回っても、親の世代は子供の頃からいろんなものバクバク口に入れてます。
煙草なんかもボクらの子供の頃は、ほとんどの大人がどこでも遠慮なく吸っていたじゃありませんか。それで今ボクらの体にどんな影響があったのかはわかりませんが、こういうことは現代じゃもっともっとナーバスな問題ですよね。
ゆっくりではありますが、世代を下るにつれて「環境のよい」状態で育つ子供が多くなってるということでしょう。悪く言えば、温室育ちなのかもしれません。少々悪い食べ物でも、煙草の煙でも、くぐり抜けてきた世代とは体の性質が違っていてもおかしくありません。
体を動かす環境だって変わってきています。道があり、鉄道があり、車バイクが走り、自転車だってみんな持ってます。インターネットの普及でパソコンだけで移動させられるものが多くなってくれば、わざわざ出歩く必要も少なくなってきます。当然運動能力は衰えます。0歳からこんな環境なんですよ。これはもう違わないわけないですよね。
どっちがよかったとかではなく、それが変化であり、未来へ進んでいるという意味で「進化」だと言えるんだと思います。
しかしきっと、肉体的には軟弱の極みでしょうね。
ボクらが原始人と殴り合いして勝てないであろうと同じように、未来人はボクらには理解できないくらい弱々しいものだったりするような気がします。

ま、そういう人類規模での進化というのもなかなかロマンがあるのですが、小さい肉体的進化(軟弱化)はボクの体にもあります。
10年前はこんなものには絶対頼らなかったのに、今じゃ、ないと気持ち悪かったり、あるところにわざわざ行ったり。
そうです。
ボクはもう『ウォシュレット』に頼り切りなのです。
あれがないとダメです。
幸い痔ではないのですが、あれで流さないと何となく不衛生なような気分になってしまうのです。かつては少々硬い紙でもゴシゴシいけたのに、今じゃその部分の皮膚は非常にデリケートになっています。
まさに軟弱の極み。
同じ意見の人いませんか。
ボクは「人類はまず肛門から未来人になる」のではないかと思うのです。

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